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眠るまでに見た夢のこと

眠るまでに眼に映った事聞いた事、読んだ本やった事行った所思った所を書きます。時々、眠った後に思ったことも書きたい(願望)

「いなくなれ、群青」を読んだ

年度末が近づいてきても、中々暖かくならないですね。

 

いなくなれ、群青 (新潮文庫nex)

いなくなれ、群青 (新潮文庫nex)

 

 11月19日午前6時42分、僕は彼女に再会した。誰よりも真っ直ぐで、正しく、凛々しい少女、真辺由宇。あるはずのない出会いは、安定していた僕の高校生活を一変させる。奇妙な島。連続落書き事件。そこに秘められた謎…。僕はどうして、ここにいるのか。彼女はなぜ、ここに来たのか。やがて明かされる真相は、僕らの青春に残酷な現実を突きつける。「階段島」シリーズ、開幕。

 

との事。これが話題になったのは一年と半年前。

でも僕の所に届いたのは今で。だがそういう事は往々にあることだ。

手紙は時に届かない、その可能性こそが手紙が手紙である証明になるのだから。

 

若々しい感性とか瑞々しい感性で書かれた、という表現はしないでおこう。詩的な文章、そんな単語が僕に近づいてきたけれど、「この小説の文章は詩的である」という文章が僕には詩に対して不敬な程に詩的に感じられなかった。だからこれもしない。

 

――いや、疲れたので平常運転で記録を残します。

 

階段島は現実感と非現実感が奇妙に同居した舞台で、その表現はとてもよく伝わってきました。どこから来るのかわからないが、なぜか送電される電気。どうやって来るのかわからないが、届くアマゾン、そして食糧。タクシーは走っているが町は小さく、かっこたる物として学校がそびえ、島の頂上には全てを支配する魔女が居る――

 

なんだか、納得出来ない設定です。

 

けれども、これは裏返すと青春を過ごす主人公達の世界認識その物だと思います。電気の大切さがわからない程幼くはない、だが電気がどこから来るのかは興味がない。アマゾンが無いとかなり困るヘビーユーザー、でもどの倉庫から来るかなんてどうでもいい。食べ物は大事。そして一番の問題はそれが美味しいのかどうか、安いのかどうか。友達と食べやすいかどうか。どこから来るかは、どうでも良いでしょう。

 

納得できない物と納得できる物がねじくれて同居するのが青春であり、納得できない事を感じる感覚が摩滅していくのが大人になる事であり、摩滅との言葉が嫌ならば「感性が磨かれていく」と表現しても良い。すり減るも磨き上げるも畢竟同じなのです。

 

つまり設定として、階段島は島そのものが青春の世界認識その物だと読みました。青春という中途半端で激烈な時間その物を切り取ったような舞台であり、その意味でのみ、この作品は詩的なのでしょう。

 

 

ミステリ、という言葉にどんでん返しやあっと驚くトリックを期待するのはお勧めしません。設定は見事であり、奇妙な友人、まさに青春でしか出会えないような少女と少年の物語でございました。

 

 

オーデュボンの祈り (新潮文庫)

オーデュボンの祈り (新潮文庫)

 

 ほんと関係ないんだけど、伊坂幸太郎のオーデュボンの祈りが頭によぎった作品でした。こっちも面白いです。